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2008年2月16日 (土)

2月11日(振り返り前編)

6:00起床。今日はいよいよ最終決戦の日です。四国最難関の峠を越すべく頑張ります。後は気力のみです。6:30食事を食べた後出発の準備です。今日の天気も晴天。雪や凍結も心配なさそう!!最終決戦にふさわしい晴天となりました。\(^o^)/

7:15よしのや旅館を出発し早々に現れたのが松尾トンネル。今日のあいさつ代わりといわんばかりにのぼりの少し長いトンネルです。早朝もあってかまだ車もさほど通っていないので難なくクリア。

ここで今日の対戦相手を紹介しておきましょう!!(^^♪

よしのや旅館を出発し

→松尾トンネル
→第一白浦トンネル→第二白浦トンネル→第三白浦トンネル→第四白浦トンネル
→第一玉津トンネル→第二玉津トンネル→三玉津トンネル→第四玉津トンネル→第五玉津トンネル
→法華津トンネル(1320m)
→鳥坂トンネル(1117m)
→大洲トンネル

佐川急便大洲店まで

※第一白浦トンネルから法華津トンネルまでは10連続のトンネルとなります。この間はひ  たすら傾斜のきつい登りです。その分トンネルとトンネルの間からみえる景色は絶景です。

まあ、ひたすら峠、登り、トンネルとなるわけです。その中でも忘れてはいけないのが下りです。超こぇ~~~下りにはびびりました。(^^ゞ

松尾トンネルを抜けると、宇和島市の市街地に入っていくわけですが、宇和島城という標識はあるもののなかなかそのお城が見当たりません。まあ、いいかと道を進んで振り返ったときに、遠くの小高い丘の上に宇和島城を発見。たくさんの木々に囲まれていたのでわかりにくかったのです。何より発見できたので宇和島に来たんだという実感がわいてきました。

そして、さらに進むと今度は前方に大きな壁が、というか尋常でない大きさと高さの壁みたいな山が聳え立っています。四国に来てはじめてみる壁山に度肝を抜かれました。余りの偉大さに開いた口を閉めるのも忘れていました。\(◎o◎)/!

何はともあれ今日目指すのは、トンネル連。何時間かかるのかわからないので先を急ぐことに・・・。今日はkさんにも会えるということで気分も上昇!!鼻歌交じりです。(^^♪

宇和島市の市街地を抜けると、早々にまた上り坂が・・・。
それなりにきつい勾配で、しかも長い。
二日間で蓄積された両腕の疲労も激しく、なかなかきつい登りになりました。そして予期せぬ出来事が・・・。

そうです・・・サイクルコンピュータが木っ端微塵に・・・。(T_T)/~~~

それは、きつい登りがようやく終わり、下りに差し掛かった峠の出来事でした。
宇和島市吉田の近くにある知永越と言う標高100mのさほどきつくないはずの峠だと思っていたのですが、峠よりの下りは上りとは打って変わって、ジェットコースターさながらの急降下状態だったのです。

もし反対から登っていたらVento号では前輪がスリップして登れなかったことでしょう。前輪のブレーキも一つでは到底スピードを殺すことができず、2つを使ってもVento号の重みで、ずり落ちる感じのきつさだったのです。そして、峠を越してすぐの下降スピードを落とせず、勢いに乗ったまま下った激しい衝撃に耐えられず、サイクルコンピュータが外れたのです。一度は太ももの辺りにひかかったものの、そのまま車道に飛んで行き、後続の車やトラックに次々と敷かれて、あっという間に原型をとどめない姿に・・・。(>_<)

そのときの「ぐしゃ」「ぱき」「ばりばり」と割れる、転がる、砕け散る音が今も耳から離れません。それだけ衝撃的な出来事だったのです。

車道に残骸を拾いに行こうか、そのまま知らん振りをして去ろうか、余りの恐怖に気が動転してしまい。心臓はバクバクしているし。もしも今のがサイクルコンピュータでなく自分だったらと思うと、ぞってしてしまいました。それでなくても今回の旅は命がけ!!

とパニックになりかけた一瞬の出来事でした。
急坂を必死で下りながらも、ふと、そのとき一瞬だけ我を取り戻し、冷静さを取り戻しました。それは、神様が教えてくれたのか、自分の心がささやいたのかは定かではありませんが、「身代わり」と言う言葉が聞こえたのか頭をよぎったのか・・・

「身代わり・・・」と思ったときに、Vento号がようやく止まりました。
そして、全身の力が抜けて、納得しました。

身代わり・・・と言う言葉に、これまでの旅の道のりが走馬灯のように流れ、これまでの私の道のりが鮮明に蘇ってきたのです。
そうか、そういうことだったのかと、段々と自分を取り戻し始めました。

それは、これまでの自分の行動でした。分割と言う決められた時間での日本一周をするなかで、無意識のうちに早く進みたいという焦りや、周りの期待に答えたいという思いが行動に現れていたのです。

これまでも、何度も、たくさんの方に教えていただいていたのに頭でわかっていても、全身ではわかっていなかったのです。

このサイクルコンピュータの粉砕が無ければ、確実に私はこの旅で命を落としていたかも知れません。下りの気持ちよさに、スピードを出しても自分なら大丈夫。絶対こけることは無いなど、自分を過信していた私がそこにはいました。

そんな私を見かねたVento号が悲鳴とともに私に赤信号を出してくれたのかも知れません。サイクルコンピュータはそれなりに高価な物ですし、旅には無くてはならない品物です。私の旅の記録を正確な距離と言う形で最後まで残してくれる私の記憶の一部です。

あえてVento号がそれを知らせてくれたのだと思います。

『身代わり・・・』という言葉はとても重い言葉です。人だからとか、物だからとかではなく。この世に粗末にして良いものなどあってはならないのです。私はこの世で唯一一人の存在です。サイクルコンピュータも、この世で唯一一つの存在です。どちらも分け隔ての無い無二の存在なのです。

四国最大の難関・・・。このとき私には最高の難関に変わりました。四国がくれた最高のプレゼントでした。大切な心をありがとうございました。m(__)m

私は、そっとVento号を降りて、これまで私の旅の記憶を正確に刻んでくれたサイクルコンピュータを拾い上げたのでした。

ここまでの道のりをともに過ごしてくれたあなたに感謝いたします。ありがとうね!!

つづく・・・

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